ジュテーム・スープ
自転車に乗っていたらぽつぽつと雨が降ってきた。
電車に乗り換えなければ、とペダルを漕ぐ足を早めて近くの駅まで向かうと、駐輪所は地下とあった。脇に車輪の幅のスロープがついた長くゆるい階段をもどかしく降りながら、それでも頭のなかは「あのこと」でいっぱいだった。
昨夜、とある宅配サービスを利用しようとウェブで登録していると、本人確認のために「秘密の質問」として「好きな食べもの」を記入する欄があった。
それまで首尾よく記入が進んでいたのに、そこではたと手が止まった。自分の好きな食べ物?すぐに思い浮かばない。しかも「秘密の答え」ということは「他人は誰も知らないけれど、自分の中では完全に分かってる答え」ということになる。「好きな食べもの」なんて、そんなのみんな本当にあるのだろうか。しかもこれぞ、という何かひとつが。
思えば幼い頃は、たくさん嫌いな食べものがあった。たとえばバナナ。あのグニャッとした食感も、青く甘いだけのうすぼんやりした味も、あと皮をむいても残っているうすい紐状の繊維も、何もかも合わなかった。なのに給食でパンと牛乳とともに、当たり前のような顔をしてそこにあり、栄養があるからと無理やり食べさせられた経験も、嫌いに拍車がかかった。
子どもはみんな大好き、となぜか勝手に思われているチョコレートも、ちっとも好きじゃなかった。幼稚園の頃、お友達のお母さんに「ほら、あげる」と、手で温められ溶けかかったひとくちチョコ差し出された時「いらない。気持ち悪い」と言ってソッコーで断ったらドン引きされた。あの下から見上げた彼女の歪んだ顔のことは、未だに忘れられない。
じゃあ何を好んで食べていたのかと言うと、みりん干しや小魚などの珍味系だ。おそらく父がおいしそう食べていたことから興味を持ち、盗み食いしたらハマった。母には「そんなしょっぱいもの、子どもが食べるもんじゃない!」と、しばしば怒られた。
大人になると、自分で選んで食べるようになる。だから悲しい思いをすることなく、好きになれるのだと思う。
20歳になった時、お酒と一緒に珍味を食べた。すると「合うわ」と素直に感じた。初めて組み合わせの良さがわかった。さしずめ、答え合わせのような感覚だった。
バナナは、大人になってみんなが美味しいと言うので食べてみたら、やはりあのバナナだった。食べられはするけれど、あえて選ぶことはしない。とかくみな、食べものを好きか嫌いかに分けようとするけれど、あえて分ける必要はないと思う。
パンもそうだ。あなたも好きだよね、という感じで聞かれるけれど「いや、ふつうです」と答えたくなる。ブルディガラというお店の、外がパリッとしていて中はもっちりとしたパンをよく食べるのだけど、それはフランスパンほど硬くなく、頑張って一生懸命食べなくていいからで、休みの日にはドイツパンのような硬いパンも食べる。
食べるパンの硬さと、心の余裕は比例する。少なくとも好きか嫌いか、ではない。
最寄りの駅に到着すると、さらに雨はひどくなっていた。傘を持っていなかったので、駅で買おうか迷ったけれど、へんにケチな性格が災いし、えいままよと小走りで向かうことにした。
思わず通り過ぎそうになった目的地は小体な一軒家で、しっとり艶めく小さな庭が設えられていた。まるでこれみよがしなところのない、さも自然ななりながら、きちんと手入れされていることがわかる植栽だった。家主の性格とセンスというのは、こういうところから窺い知れるのだと思った。
玄関の引き戸をそろり開けると、心地いい気にみちみちていた。あたたかな光、こうばしい音、清潔なにおい。それらがないまぜになった空間は、雨と寒さで墨色に濡れそぼった身と心を、たちまちパステルに染め直してくれた。
「ジュテーム・スープと言って、これを飲むとですね、恋がかなうというスープがありまして」
大きな無垢のテーブルに、8人が囲んでいる。プロの料理家が腕によりをかけたごはんをいただくために、集まった人たちだ。なんとなくぎこちないのは、ひとりでの参加も多いからで、ただ落雁のように、ひとたび口に入れさえすれば、ほろりと崩れ溶けてしまうようなムードだった。
コースのひとしなめとして、ぽってりとした質感の白いスープが目の前に供された。料理家が口火を切った。
「食堂かたつむり、という小川糸さんの小説に出てきた料理を再現する、という仕事をしたんですね。そしてその中に出てくるのが、ジュテーム・スープ。レシピはなくてですね、そのときある食材を集めて作ったそれが、気絶するほどおいしい、と書かれてまして。こっちとしてはなかなかのプレッシャーなんですが」
みんなが、くすりと笑った。
「農家さんに、ちょうど今あるおいしいものをお願いしますと言って集まってきたものに、白いお野菜が非常に多かったんですね。これはそれらを13種類使って、ポタージュを作りました」
13種類も!と場がざわめく。
「まずは、飲んでみてください。何が入ってるんだろうと、想像を膨らませて飲んでもらったほうが、面白いですよね」
じゃがいもは入ってるかなぁ。それともさつまいも?れんこんは入ってそう。りんご?なし?どっちかな。方々からポツポツと、スープを舌と心に刻み込むように飲みながらつぶやいている。筑前煮みたいな味、という者もいた。また不思議なことに、ひとつの素材を意識して味わうと、確かにそれが感じられたりもする。飲むたび複雑な風味がまとい、じわりと根っこがあたたかくなってくる。
ひとしきり出揃うと、誰かが「それよりも、ただおいしい」と言った。そう、それでいいのかもしれない。
好きな食べものは、時期によっても、季節によっても、体調によっても、気分によっても、くるくると変わり続ける。いつかパスワードを忘れてしまった時、その時の好きだった食べものが、今も好きとは限らない。
ところでスープって家でつくる?と誰かが言った。みんな、ふわり首を横にふる。ポトフは作るけど。煮汁は飲むけど。じゃあ煮汁がスープ?なんてでたらめな話をしながら、次の品を待った。

